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第二次大戦期と潜水艦

かっこいい!!
本当にかっこいいですね。一度見てみたいです。

大日本帝国海軍の伊400型潜水艦第二次世界大戦開始時、第三帝国海軍は再建途中であった。そのため、完成に時間が掛かる水上戦闘艦艇の建造を後回しにして中型潜水艦量産に注力し、前大戦同様に対英通商破壊を開始した。

一方イギリスは当初、独潜水艦の攻撃で多数船舶を喪失したが、各種新型対潜兵器の投入などで対抗した。やがてアメリカが参戦し、多数の護衛艦や航空機を投入して大規模な対潜作戦を開始すると、形成は完全に逆転し、多くの独潜水艦が撃沈されて行った。これに対し、独海軍は潜水艦の性能向上を図り、シュノーケルやヴァルター機関などの新技術を導入した新型潜水艦を開発し、大戦末期に投入したが、戦況挽回には至らなかった。

通商破壊を重視した独海軍に対し、大日本帝国海軍は艦隊決戦を重視し、潜水艦部隊を主に米海軍の大型戦闘艦艇の攻撃に投入した。しかし、米海軍艦艇との技術格差や、作戦の齟齬(例えば、日本海軍では潜水艦長の独自裁量認可範囲が少なく、商船の場合、わずか魚雷1本しか使用できなかった)などが主因で、目だった戦果は無いまま多数が撃沈されていった。逆に米潜水艦の活躍は著しく、大日本帝国の軍用艦艇や貨客船を多数撃沈した。日本海軍は大打撃を受け、日本商船部隊は壊滅させられた。

海上交通路を寸断された日本は深刻な資源不足に陥り、継戦能力を失う。日本がアメリカ本土攻撃用に建造した伊四〇〇型潜水艦(水上攻撃機3機搭載:水上排水量3530t)も活躍の機会なく終戦を迎えた。


第二次大戦以後
1955年に完成した米海軍のノーチラス号(水上排水量3180t)は、原子炉と蒸気タービンを採用した、史上初の原子力潜水艦であった。本艦は水中速力20ノット、潜航可能時間は3ヶ月間前後であった。原子力主機登場により、潜水艦の水中速力と水中航続力は大きく増大した。それにより、潜水艦の戦闘能力は飛躍的な向上を遂げた。

原子力潜水艦が大型水上艦艇を撃沈した例は、1982年のフォークランド戦争時に、英原潜コンカラーがアルゼンチン巡洋艦ヘネラル・ベルグラーノを雷撃にて撃沈した事例が最初である。コンカラーはヘネラル・ベルグラーノを24時間以上追跡したが、全く探知されなかった。この戦いにより、それまで水上艦に対し圧倒的に不利と思われていた原潜の有効性が証明された。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年11月30日 18:32に投稿されたエントリーのページです。

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